終戦後城内の陸軍用地

終戦後城内の陸軍用地は進駐軍に接収されたが、1947年に米軍の失火により紀州御殿を焼失した。

1948年の接収解除後は建物の修理が進められ、外堀を含む広域が大阪城公園として整備された。

1950年のジェーン台風によりまたもや損傷を受けたことから、本格的な補修事業が開始された。

あわせて学術調査も行われ、1959年には地下から豊臣時代の遺構が発見された。

本丸内の陸軍師団司令部の旧施設は一時大阪府警本部の庁舎として使用され、石垣に囲まれた一角では拳銃の射撃訓練も行われた。

工廠跡は、長らく放置され、残された大量の鉄や銅の屑を狙う「アパッチ族」が跳梁し小松左京や開高健の小説の舞台ともなった。

1983年「大阪築城400年まつり」に合わせ、JR西日本大阪環状線に「大阪城公園駅」が新設され、大阪城ホールも開館された。

残されていた工廠跡にも次々と大企業のビルが建ち並び、城の北東側に「大阪ビジネスパーク」が出現した。
update:2010年02月26日